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永年勤続表彰
■という賞? というか表彰が、うちの市にはある。
十年勤務とか二十年勤務とかに対して一日お休みをもらえたりする表彰のようだ。
まぁ民間企業でもきっとあるのでしょう。
ところで本日は、私が、「社会人になって19年目」の日です。

■私が最初に就職した会社は
お給料日の関係か何かで、3月16日入社だったのだ。
私は早生まれなので、
高校3年のおわりの2月に18歳になり、3月1日に卒業式をして
16日には社会人になった。
周りのみんなは四月入社ばかりだったから、卒業後の自由な期間が私だけ短くて
なんだかとても損をしたように感じたものだ。

■いまと違ってあの頃の高校生はお化粧して学校にいくのは「普通」ではなかったから
私は化粧品というものを持っていなくて、
入社式にはスッピンで行った。
今思えばたいした度胸だか、当時は平気だった。
入社式の帰り道で、安い口紅を一本買った。600円くらいのヤツで、子供じみた
ローズピンクだった。
今でもどんな色だったかハッキリ思い出せる。
買ったはいいが、なにしろ半月前まで化粧なんかしたこともない高校生だった私は
自分の唇に乗ったそのピンクがどうにも耐えきれず、結局またスッピンで出勤することになった。
顔に粉を塗るなんて論外で、それはいまでも変わらず私はファンデーションが苦手だ。
職場ではスッピンにポニーテール、そんなもんだった。

■高校卒業と同時にバイトは辞めた。
入社後、最後のお給料をもらうかなにかでバイト先に顔をだした。
そのバイト先には当時、告白されてにゴメンナサイをした男の子がいたのだが
久々に彼と会った。彼は私服の私に
「化粧してるの」
と言った。職場にはスッピンで行くくせに、なんとなくその日は紅をひいてきていたのだ。
「口紅だけね」
そう答えて逃げるようにその場を去った。
口紅を塗った自分を鏡で見るのはイヤだった。
まだ似合っていないことは自分が一番分かっていた。
高校生の肌にあの紅は、
変えられたくないものを変えてしまうだけの力があった。
ふったくせに、その彼にみられたことで急に、
嫌われたのではないかと思った。
「化粧してるの?」
ではなく
「化粧してるの」
という言い方に、なにか軽蔑のような落胆のようなものを感じた。
店を出ながら口紅は拭き取った。
18歳だった。


■その会社には四年お世話になった。
そのときの上司には大変お世話になった。
係長さんとは音楽の話題で話が合い、一緒に音楽祭に行ったり、
自宅でご自慢のオーディオを見せてもらったりした。
初めて、単独で偉い人のおうちを訪ねることになった私は
係長さんに「好きな食べ物はなんですが」と訊いて、
好物だというリンゴとパンを手土産に持って行った。
今考えたら、「そこは普通、菓子折りだろ!」と思うけれど、
その時はそういうときどうすればいいか知らなくて、
とにかく、喜んでもらえるものを持っていきたくて、
精一杯のつもりでソゴウの地下でリンゴを選んだ。
係長さんの奥様が、キレイに切って出してくれたけれど、今思えば奥様も
さぞや謎に思われただろう。
その係長さんは、私が病院勤めをしている時に、病気で、その病院で亡くなった。
課長さんとは、このHPのおかげもあって今でも時々連絡をとりあっている。




■来年には私も、社会人になって二十年になる。
いまの私はというと、四月からまた職場が変わることになった。
今度は、うちの総本山ともいえるあの委員会に行く予定だ。

最初の職場はまだ子供で、なにをしているか分からない状態だったけど、
それ以降今まで私は、どこの職場でも結構大変な仕事をしてきたと思う。
給料は安いわ仕事は多いわ、人は死ぬわ倒産するわ、
ロクでもない思い出も多いけど、それでも一つだけ自慢できることは、
私はいままで、上司でハズしたことがない。
いつも上司にはめぐまれてきた。
あの倒産した会社でさえ、会長さんには可愛がっていただいたと感謝している。

来年の今頃私はなにを思っているだろう、
わからないけど、個人永年勤続を祝って、プチ旅行くらいしてやろうかなと企んでいる。
きっとまた辛いこととか納得いかないこととか悔しいこととかたくさんあると思うけど
絶対また、なにかを教えてくれる人と巡りあえるはず。
四月が楽しみです。
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【2009/03/16 01:15】 | 未分類 |


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